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東京地方裁判所 昭和31年(行)110号 判決

原告 吉崎食品株式会社

被告 関東信越国税局長

訴訟代理人 樋口哲夫 外三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

原告の主張第一項の事実は当事者間に争いがない。

原告は、本件事業年度の所得は欠損二四〇、〇八二円五〇銭であるから、一四九、九〇〇円もの所得金額を認定した被告の審査決定は違法であると主張するのに対し、被告は、同年度中の原告会社の所得は六〇六、六八五円八〇銭に及ぶものであるから、同金額以下に原告会社の所得を認定した被告の審査決定にはなんら所得を過大に認定した違法は存しないと争うのであるが、原、被告の主張する所得額に右のような差異の生ずるわけは、もつぱら原告会社の本件事業年度の売上金額に関する双方の主張の食い違いにあるのであつて、原告会社のこれ以外の収支項目については当事者間になんら争いはない。

そこで、本訴における唯一の争点である原告会社の売上金額について考えてみる。

成立に争いない乙第三号証ないし第一二号証、証人平山孝一の証言(第一、二回)、原告代表者本人尋問の結果(第一、二回)によれば、原告会社においては商品の売上はまず大幅帳にこれを記載し、ついで現金売の分は入金伝票を作成して売上帳に記載し金銭出納帳に記載する、掛売の分は得意先補助簿を作成し入金があつたものは金銭出納帳に移記していたことが認められるところ、右売上帳簿に記載された金額の集計が、原告の主張する売上額とほぼ一致するものであることは、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合してこれをうかがうことができるが、被告は右売上帳簿書類の記載が売上全部をありのまま誠実に記帳したものであるとの点を否認し、これらは取引の実体を反映しない不正確なものである旨主張するので、右帳簿書類が果して所得額認定の資料に供しうるものであるかどうかについて考えてみるに、前掲乙第三号証ないし第二一号証、成立に争ない乙第一六号証、証人平山孝一の証言(第一、二回)によれば、本件事業年度中の一時期である昭和二八年三月分へ同年六月分について検討してみても、大福帳と売上帳との各現金売上記載の間に、本来一致すべきものでありながら一致しないいわゆる不突合の個所が少なからず発見され、原告代表者の弁解にもとづいて、右両者の記載の脈絡をたどり、その同一性を推測しながら検討してみてもなお不突合の個所として残る記載があるのであつて、どちらの記載が正確なのか判断に苦しむほどのものであることが認められる。甲第一号証ないし第七号証及び原告代表者本人尋問の結果をもつてしても右の認定をくつがえすに足りない。

のみならず、原告会社のように或る商品の製造販売を業とする場合、売上帳簿書類が正確に売上を記録したもの、すなわち売上高の記帳に脱漏がないものと言い得るためには、売上帳簿書類から逆算して得られる当期商品販売数量は、(期首製品在高十期間製品出来高-期末製品在高)の式により算出される当期商品販売数量と、当然一致するはずのものであるところ、右期中製品出来高については、原告も認めるとおり、原告会社は当時商品製造高を示す記帳をしていなかつたので、原告も認める原材料使用高に、後記のような歩止り率(この点に関する原告の主張が理由のないことについては後述)を適用してこれを推算し、当事者間に争いのない期首、期末の各製品在高をもつて当期商品販売数量を算出してみると、後記のとおり一九、〇四四貫余となり、原告主張の当期商品販売数量一六、六七二貫八二〇匁は約二、三七〇貫余も寡少なものであることがわかる。このことは、原告会社の売上記帳に脱漏が存することを示す証左にほかならぬものと考えざるを得ない。

以上の次第で、原告会社が正確に売上を記録したものとする売上帳簿書類には、実際の売上のうちかなりの部分が脱漏しているものと考えざるをえず、したがつて、原告会社の売上額は、右帳簿書類以外の資料から脱漏額をとらえるほかないものというべきである。

ところで被告は、本訴において、いずれも原告の認める原材料使用高、期首製品在高、期末製品在高、昭和三〇年二月頃における製品出来高と原材料使用高との割合(歩止り率)などを基礎として、被告主張のような方法により本件事業年度の商品販売数量を一九、〇四四貫七と推算し、原告主張の当期商品販売数量一六、六七二貫八(なお、原告の主張するこの当期商品販売数量ないし期中製品出来高数量は、いずれも単に原告の主張する売上金額からの逆算数量にすぎないものであつて、それ以上の根拠をもたないものであることが弁論の全趣旨からうかがえるのである。)との差二、三七一貫九を売上脱漏数量とみて、これに当事者間に争いない販売単価等を乗じて売上脱漏金額を算出したもので、右のような売上額推算の方法は、単なる近隣業者との比較等にもとづく見込査定とは趣を異にするから、もし右昭和三〇年頃の歩止り率をもつて本件事業年度の歩止り率としたことが不相当とされるのでないなら、右方法は合理的であるというべく、被告の算出した売上金額一〇、三二四、九〇六円八〇銭の認定は妥当なものといわざるをえない。

そして原告は、右歩止り率の点につき、本件事業年度当時はいまだ必要な機械も整わず、製造技術も劣つていたため、昭和三〇年頃にくらべて製品の歩止り率ははるかに低率であつた旨主張するのであるが、成立に争いない乙第一号証の一ないし三、同第二号証、並びに本件事業年度当時いずれも原告会社の花林糖製造技術者として原告会社代表者から花林糖製造の一切をまかされていた証人小沢今朝人、同奥原世務雄の各証言によれば、本件事業年度当時も、花林糖製造に必要なひととおりの機械設備は整つており、かつ、もともと設備の直接影響するのは生産量であつて、歩止り率にはあまり影響しないものであること、従業員の作業経験が歩止り率に関係がないとはいえないが、当時の設備状況のもとにおいては技術者一人の指示があれば十分であること、並びに、当時の材料使用高と製品出来高との割合は、平均して、材料である小麦粉六、〇貫、油四、四貫、砂糖七、〇貫に対し製品一四、八貫すなわち歩止り率は約八五パーセントであつたこと、が認められる。原告代表者本人尋問の結果中、右の認定にそわない部分は採用できず、他にこれをくつがえすに足りる証拠はない。そうだとすれば、被告が、昭和三〇年二月頃の歩止り率八三、八パーセントを採つて本件事業年度の歩止り率としたことは、あえて不相当とはいえないわけである。

以上の次第で、原告会社の売上金額に関する被告の認定には誤りは認められないのであつて、これと当事者間に争いのない他の収支項目とを通算すれば、本件事業年度における原告会社の所得金額は、被告主張のとおり六〇六、六八五円八〇銭となり、したがつて、その範囲で所得金額を一四九、九〇〇円と認定した被告の審査決定には、原告会社の所得を過大に認定した違法はないものというべきである。

よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 下門祥人 桜井敏雄)

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